映画ルックバックを見たお絵描きガールの感想
注意
アマプラ
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B0DH28ZZY2/
今日の要約
- 私は絵にはそれぞれ適材適所な居場所があると思ってる。
- 絵を描くジレンマや気持ちの上下など繊細な描写にめっちゃ共感した
- 0から生み出したもの褒められると涙が出るほど嬉しいんですよ
映画を観たきっかけ、文化祭。
※自語り長めです
2025年11月中ば、仕事を辞めた。職場の上司に自分の仕事のできなさをボコボコに言われて職場に行くのもしんどくて、適応障害になってやめた。しばらく言われた罵声が頭から離れなくて、Youtubeの動画を流し続けていないと頭が暇になってまた罵声が聞こえてくる、と適当な動画や実況を片っ端から頭につめこんで日々を過ごした。苦しかった。
そんな中、家族が「町内会で文化祭やるからひひかちゃん出してみたら?」と言われた。
脳内の罵声が落ち着いたのもあり、暇だったのもあり、作品を出すことにした。
とびきり可愛い絵を描こうと久々に画材屋さんに行ってイラストボードを買って、しまい込んでいたアクリルガッシュを引っ張り出して、三日かけて大きな絵を描いた。父には高すぎ!と言われたが額装もした。(額装は大事よ!)
そんな絵を、町内の小さな公民館で展示した。合計3枚出した。(一枚は使い回し)
絵のサイズを失念しており飾る自スペースよりはみ出してしまったのだが、町内会だったので、あっさり許してもらえた。(同人イベントに慣れていたのでちょっととはいえ大変申し訳ないなと思った)

12月の文化祭当日。作品を出していた若者は私だけだったものの、想定よりも手芸や書道、写真、絵画など大変素晴らしい作品が集まり、あと町内会の人脈もあったのか本当に多くの人が見にいらしたらしい。話に聞くと一日で60人以上来たらしい(何事?????)
そこでたくさんの人に褒められた。「ひひかちゃんは上手だね」「さすがだね」「その色合いはじじばばには使えないよ」「絵の女の子が黒柳徹子ちゃんみたい(前髪重めに描いたからかな?)」など、たくさんお褒めの言葉や感想をいただいた。
その中に「「ぜひ姫嶋ひひかさんとお話ししたい!」と言って名刺を置いて行った方がいたんだよ〜〜!!」と町内ヒエラルキー激高の隣の家のおばさんから名刺を渡された。その人は紙芝居のボランティアをやっているかたで、自分でもオリジナルの紙芝居を作りたいと思っており、私の文化祭の絵を見て「姫嶋さんに描いてほしい」と思ってくれたとのことだった。
私はこの話を聞いて、部屋で泣いた。
お仕事ができなくて精神やられて、自分ではもう何もできないんじゃないかとニートしていた私に、ファンアートでもないSNSでもない私を知らない人からのオリジナルの絵の褒め言葉は劇薬のように私を震えさせた。
私は結局この依頼を断ったのですが(材料費だけで12枚の絵を描くのは無理だしプロに失礼)、この「褒められた」「自分を認めてくれた」「良いと思ってくれた」ことがどれだけ嬉しかったか、自信に繋がったか。絵を描かない人にはわからないだろう!!
「仕事に自信がなくて、でも、絵を褒められてね、すごく嬉しくて、もしかしたらこんなわたしでも合う場所があるのかもしれないって思ったんだ」と、友人と通話をしながらお話しをしていたのだが、そんな時に
「藤本タツキさんのルックバックって作品見てみるといいかも」
と友人におすすめされ、視聴してみたのでした。
前置きが長い!!
「ルックバック」感想(ネタバレ注意)
あらすじ
学年新聞で4コマ漫画を連載している小学4年生の藤野。クラスメートから絶賛され、自分の画力に絶対の自信を持つ藤野だったが、ある日の学年新聞に初めて掲載された不登校の同級生・京本の4コマ漫画を目にし、その画力の高さに驚愕する。以来、脇目も振らず、ひたすら漫画を描き続けた藤野だったが、一向に縮まらない京本との画力差に打ちひしがれ、漫画を描くことを諦めてしまう。
しかし、小学校卒業の日、教師に頼まれて京本に卒業証書を届けに行った藤野は、そこで初めて対面した京本から「ずっとファンだった」と告げられる。
漫画を描くことを諦めるきっかけとなった京本と、今度は一緒に漫画を描き始めた藤野。二人の少女をつないだのは、漫画へのひたむきな思いだった。しかしある日、すべてを打ち砕く事件が起きる…。

公式サイトより引用。元は漫画だそうです。藤本タツキ先生はチェンソーマンなどで有名な漫画家さんです。さすがに知ってましたが流血が苦手なので作品は見たことありません。IRIS OUTのダンス動画とかおすすめででてきました。
ほとんど何も知らない状態でネトフリに登録して視聴させていただきました。
感想
学年で絵が一番上手い藤野の前に突如絵だけで現れた京本(自分より上手い
これね〜〜〜〜〜〜〜〜すごいわかる(何?)
まず藤野の漫画の才能がすごいってわかるじゃないですか。で、京本のほうが絵が上手いんですよ。パースとか夕暮れの色をつけようとしてるところとか。でもでも、漫画が上手いのって藤野じゃないですか????
漫画の才能と絵の才能って別なんですよ!!
得体がしれない自分の前に現れた自分より才能のある人物ってなって超えたい!ってなるところすごくいいなと思うし、ぜんぜん追いつけないのもわかるんですよ。だってうまいんだもん。
でも藤本のほうが漫画はうまくて、京本がファンになってるの!ファン第一号じゃないですか!
冒頭で書いたんですけど自分の絵を認められるって本当に…本当に嬉しくて嬉しくて!!!そりゃあサインだって書いちゃうでしょ!小学生ですよ!!!
わたくしはね、小中高でよくいる「学年で1,2を争う(と思っている)絵が好きで上手いやつ」だったんですね。クラスTシャツとかデザインして描いたりしてました。
だから、絵が好きだから美大に行ったんです。姫嶋ひひか初出情報かもしれません。納得していただけないかもしれません。だってお前ぜんぜん絵描いて投稿してなくね?ていうか小説書いてね?と思われる。姫嶋ちゃんと画塾行ってデッサンしたり裸婦描いたりアクリルガッシュでデザインしたりとかめちゃくちゃやってたんですよ。ほんとだよ。家にイーゼルあるし。それは一旦置いといて。
でね、美大って、美術専攻の中高とかでなければ「学年に一人か二人いる一番絵が上手くなりたいやつが全国から寄せ集まって美術を学びに来てる学校」なんですよ。なので、絵が上手いことが当たり前の学校なんです。だから、その中で差ができます。美術専攻の子とかもうプロとして活躍していたりします。TVのアニメーションの制作をしてた先輩もいました。
私ね、絵が特別上手いと思ってません。下の方です。教授にもパース取れてない線が汚いって言われたし。でも「あなたの選ぶ色はとても綺麗」「線が汚いんだったらIllustratorのソフトとかで線画を綺麗に引ける道具を使いなさい。パス(パスツールのこと)で書け」と言われました。先生は下手なら道具をうまく使えば良いと教えてくれました。
私は自分の絵が好きだったんです。今でも自分の絵が大好き。でね、私の絵を褒めてくれるクラスメイトがいたわけ。自分の世界が独特で、出す作品みんな面白くて好きだなって思ってた自分よりすごい子からわたくしのへたくそだけど大好きな絵を「すごくかわいい絵」「ひひかちゃんみたいな絵初めて見た」って褒められるの。もう脳汁どばどばよ。
ここからが大事なんですけど、別の生徒を指導してるのも聞こえるわけなんですが、大学にいた学年でトップクラスに絵が上手い子が先生からもめちゃくちゃ褒められてる(大前提)うえで先生から
「君の絵は上手いだけ」「この主役の魅力が伝わらない」
って言われてるんですよ
上→手↑い↓だ↑け↑! ?
絵の世界って上手いだけでもだめなんだ。って衝撃をうけました。あんなにパースの狂いもなく美麗で緻密な絵のかける子が絵の魅力が出せずに悩んでいる!
つまりじゃあわたくしの絵ってへたくそだけど魅力があるってこと!?!!?!?!?!??
と逆に自信にしました。誰かの心を揺らす絵を描けるようになることって永遠の課題。
だからねぇ〜藤野が京本にファンです!って言われたこと、サインを背中に書いたことって藤野にとって本当に絵を描き続ける原体験だったと思うのです。
「あなたの絵は素敵!私の心を揺らした!サインがほしいわ!」って家から飛び出るほどの漫画を藤野は描けていたわけです。
藤野は漫画の才能、京本には写実的な洋画の絵の才能があったわけです。
あなたの咲く場所
私は絵には居場所があると思っていて、藤野には漫画の、京本には洋画の絵の才能がありました。冒頭で、学年新聞の漫画でたくさんの人を笑顔にしていた藤野。絵のうまさでは藤野は京本に及びませんでしたが、藤野は漫画の才能で人を笑顔にすることができました。そして京本には漫画の背景を書かせたらぴかいち!という才能が!(ここでふたりで描こうと思えたことが本当にすごい)
作中で編集さんが「中学生で漫画を完成させられること自体がすごいし」と言っていてそれそれそれそれそれ!!!!とみながら叫んでいました。作品を完成させられなかったやつは美大じゃ休学か退学していった。この世は作ってもない脳内傑作よりも〆切破った傑作よりも〆切に間に合った一旦でも完成した凡作です。
漫画の経験値って「話を考えてから製本するまで全てやり終えた後に一気に経験値が上がるタイプ」だと私は思っており、私はネームでつまづいてしまい漫画をちゃんと完成させたことがあんまりなく、描く才能ないんじゃないかと思っているのですが、藤野はそれをやりきっている時点で私より上です。すばらしい。
で、わたくしの絵について考えました。どうなの?と。
絵にもいろいろあって、漫画の絵、洋画の絵、雑誌の挿絵の絵、本の表紙絵、ソシャゲの絵、アニメの絵などなど、いっぱいあります。
なんでも描けるけど絵柄が定まらないと悩んでいた友人はいろんな絵が求められるアニメーターに向いているだろうし、性癖を突き詰めた絵を極めてここの魅力なら〇〇先生!と呼ばれるようなイラストレーターもいいだろう。
絵が上手いだけではコマを割れない。見開き絵が上手な人もいる。ポップで愛らしい絵なら算数ドリルなどの教材に使えるだろうし、上品な絵はコスメの広告などにもいいかもしれない。
私は先日紙芝居の絵に誘われたことを思い出し、私の咲く場所もしかして児童向けの絵本とか紙芝居とかなんかなのかな???????????????(そもそも児童向けジャンルばっか描いてきた人生でしたが)と思いました。未知の界隈ですが。ちょっとのちほど考えます。
そもそもですがさっきも言った通り作品を完成させることも絵の才能の一つなので、藤野と京本は早々に自分の絵を活かせる場所を見つけていてえらいな……と見ていて思っていました。わたしはいまだわからないでいる。
美大なんて行っても意味ないよ
美大なんて行っても意味ないよ発言で死んじゃった(脳直感想)
もっと絵が上手くなりたい。わかるよ……
私は行って良かったと思うけど美大に行っただけで何者かになれるとは思わない方が良いと思います。私は仕事が一生つづいてないしね(……)でもねえ上記の出来事があったので、自分の身の程を知れる機会と好きなだけ創作活動ができる環境と創作活動のできる友人たちができるのは夢のように良かったです。
美大に行く方は自分の作品の発信をし続けるをしてみるといいと思います。コンテストとかいっぱい応募してみてね。
私のせいだ
急展開ですが天のイタズラといいますか交通事故よりも悲惨な事件で京本が亡くなってしまいます。
「私のせいだ……」
「私が部屋から出さなきゃ死ななかった」
藤野……そんなこというな……!!(号泣)
ここからアニメーションで別の世界線IFを見せつけられます。いや綺麗な流れだな……
京本ですが、藤野の一件がなくても美大に行っています。すごい!本当にすごい!
そこに「俺の絵パクったろ!?」と襲ってくるおとkぎゃああああああ!!!!!!つるはし無理すぎる(グロが苦手なため武器見てもしんどかった)えーんえーん
京アニ事件を思い出し胸が苦しくなります。上記でも言ったように作ってもない脳内傑作よりも〆切破った傑作よりも〆切に間に合った一旦でも完成した凡作です。あと絵って似ることもあります。売れるのも見出されるのも運とタイミングです。審査員の趣味に合うかどうかだって大事です。なのでこの程度で武器を振りかざす人間はアートの世界では生きていけないでしょう。当たり屋だしテロリストです。人にあたってはいけません。
で、今回の世界線ではなんと漫画は途中で書くのをやめてしまったかわりに格闘技を覚えた藤野(伏線もありましたね)が助けに入ってきてくれました。かっこよすぎか?
ここで京本と藤野が再会します。
生まれかわっても〜〜〜〜〜君は私の運命の人ってこと!?!?!?!?!?!?
「最近また描き始めたよ✌️連載できたらアシスタントになってね!」
救い??????????
どんな世界線でもちょっと絵から離れてても絵を描くことが大好きな藤野の存在こんなさぁ……創作者の救いじゃん……祈りじゃん……タツキ先生……!感激しました先生。私自身も別の世界線でも絵を描いてたら嬉しいと思うよ。
背中を見て
さてカメラは現代。京本の部屋の前に戻ってきます。IFの世界(であり京本の部屋)からやってきた「背中を見て」の四コマ漫画。今の藤野にはきつめのジョーク四コマではあるのですが、それをきっかけに京本の部屋に入ります。どう見ても藤野の漫画のランキングに投票しているハガキの跡、描いていたであろう窓に貼ってある漫画。そして振り向くと、藤野のサインがでかでかと書かれた半纏。京本の背中を見ると確かに藤野の名前があったわけです。
だいたい漫画ってさぁ、私描くの好きじゃないんだよねぇ。たのしくないし面倒くさいだけだし超地味だし。一日中ずーっと絵描いてもぜんぜん完成しないんだよ? 読むだけにしといた方がいいよね。描くもんじゃないよ
モノローグの引用です。わかるよ。漫画って難しいんだ。
じゃあなんで描くの?
回想シーンが流れます。自分の漫画を読んでみて、涙をポロポロ流す藤野。
その後、絵を描く事務所に戻って、一枚四コマ漫画をぺたり。
そして絵を描くことに戻る藤野。ED。
私は、京本の藤野サイン入り半纏は藤野の報われた最初の瞬間の思い出だと思います。
「自分の作品で喜んでくれた」「褒められた」「自分を認めてくれた」「良いと思ってくれた」
絵を描くというのは、自分の作品が誰かに届いた瞬間全てが報われるものだと思っています。救いではなく、報われるという表現が一番ふさわしい。気持ちが昂って、がんばってよかった、描いてよかった。努力が実った、そんなような今まで絵を描いた過程全てが幸せになって弾ける。劇薬です。
藤野は、ガラスに貼った漫画で、初めて自分を認めてくれた人がいたことを思い出すでしょう。あの時背中に書いた、京本が欲しがってくれた、藤野を認めてくれた瞬間のサインを思い出すでしょう。私だったら、自分の絵が誰かの心に届いたら、褒められちゃったりしたら泣くほど嬉しい。
背中を見て、というのは、京本が求めてくれた半纏のサインであり、いままでの努力の足跡でもあると思います。
京本のサインの思い出があれば、きっと藤野は一生絵が描けると思います。死の喪失感からだって。
まとめ
創作する人にとって救いになる、祈りのような作品でした。京アニ事件のレクイエムでもあり、藤本タツキ先生の作品に乗せた激励を作品から強く感じました。
ここまで書いてネット上の感想もぽちぽち見てみたのですが実話じゃないなら意味ないみたいな感想見て「殺すぞ?」と思いました。
あるんだよ!!!!!あるの!!!!!誰か一人に作品が届いて喜びに心を揺らした経験ってのは創作者ならあるもんなの!!!!!冒頭に書いた私の町内文化祭の話は事実なんだから!!!!!
私は悲しい(ポロロン…)
私は自分の絵を認められているほうだと思います。なのであとは完成させて発信する!が大事だと思いました。藤野みたいに、自分も創作活動を頑張りたいなと思いました。何者かになれるかはわかりませんが、完成させて、発信するが大事。作品は展示して外に発信して完成するものです。いつか、自分の頑張りが誰かに届きますように。
アマプラ
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